青いトマト

できれば赤くなりたい。いつの日か

自分の能力が低いのに幸運すぎて怖い

タイトルのとおりです。
おそらく今年最後のブログを書く時間ができたので、軽く自分の人生を振り返りつつ書いてみます。
自虐風自慢なタイトルに見えるかもしれませんが、一応本人はちょっと悩んでます。


まず、自分の能力について。

  • 勉強→高校で毎回テストの学年順位の下位10位以内常連。大学は自分の学力の見合ったところに入り、何とかストレートで卒業した。
  • 運動→筋力も持久力も低い。特定の種目を除いて、自分から進んでやろうと思わない。
  • 芸術→小学生の落書きに劣るとも勝らない程度の絵しか描けない。歌はカラオケで91点以上取ったことがない。*1楽器はリコーダーしか吹けない(高校以来吹いてない)。
  • 家事→得意ではない。特に裁縫はほとんどできないしやりたくもない。
  • 情報技術→きーぼーどがはやくうてる(幼稚園児に自慢できるレベル)*2
  • その他、特に人に好かれるような素質はない。辛うじて良いところを挙げるとするならば、公共の場でゴミを撒き散らかしたり大声で騒いだりしないことくらいかな(?)。「自分が迷惑だと思うことは他人にもしない」が行動理念になってる気がする。自分が普段やってて迷惑だと思ってなくて、他人が迷惑だと思ってることもあるだろうけど。

こんな私でも、地方都市の中小企業に就職し、一人暮らしをすることができました。これだけで幸運なんだろうと思われるかもしれないけど。とりあえず、自分の幸運ポイントが、

  • 兄弟とも私立大学に行かせて貰えるほどの資産がある家に生まれた(高校まではどちらも公立)。
  • 新型コロナが流行る直前の年、おそらく近年で最後の売り手市場の年に就職できた。

以上の2点です。
1つ目は少し前に流行った親ガチャに関連してそうですが、とりあえず私大に行かせて貰ったので十分親ガチャ成功なんじゃないかと思ってます。正直、お金だけでそれ以外はあまり好きじゃないけど。不満に思うことも多々あるけど、就職するまで健康に育ててくれたということで、なんだかんだ文句は言えないな、という感じ。
2つ目は書いている通りで、私は就職活動で(売り手市場だったにも関わらず)今の会社にしか内定を貰えなかったので、新型コロナが流行ってからだと正社員になることはできなかったかもしれない。今の会社も特別給料が良いわけではないし、将来性があるのかどうかというと怪しいのだが、とりあえず「正社員になる」という課題をクリアできた。

それで、自分の能力が低い分、現状の暮らしができているのはかなり幸運なんじゃないかと思っている。いや、今までの人生で嫌なことは数知れず、自分は不幸なんだと思うこともあったけど、上の2点がそれを上回るほど幸運度が高い。
だから、いつかしっぺ返しが来るんじゃないかと少し不安に思っている。幸運はいくつもあるものじゃないだろうから。それと、現実に生きていく上での幸運要素だから、どこで不運のバランスが取られるのかがよくわからない。例えばスマホゲーのガチャで大爆死した後に、別のガチャを引いてあっさり10連で目当てのキャラが出た場合は運の揺り戻しを感じるけど、上の2点に関してはどういう揺り戻しが来るのかがわからない。人生に関することだから……いきなり親が騙されて大量の借金を抱えこまされるとか、会社が自分の関係ないところで不祥事を起こして倒産するとかそういうことなんだろうか?とか考えてみると、不運のインパクトが大きすぎてとても不安になってしまったり。考え過ぎは良くないけど。

あと、自分は幸運は持ってるけど幸福ではないと思っている。*3 一人暮らしをしていて、あまりお金がなくて、欲しい物はあまり買えないし、やりたいことはできないし、こんな愚痴を聞いてくれそうな彼女は勿論いない。
まあ、「生きているだけで幸せ」論ならそこそこ幸せなのかもしれないけど、「生きているだけで苦しい」レベルにまだなってないだけで、将来そうなる可能性も普通にある。
そうならないためには、幸運だけに頼らず、自分の能力を高めていって経済的にも社会的にも幸福度を上げていかないと、将来幸運の揺り戻しが来た時に一気に不幸になるんだろうな。
そう頭では分かっていても、なかなかやる気になるわけではないですが、とりあえず来たるべく不運に備えて少しずつ準備というか対策的なものをしないといけないなと思いました。
以上。

*1:90点は取ったことがあるけど、そういう曲は平均点も90点だったりする

*2:最近はプログラミングの授業があるらしいから、私よりキーボードが速く打てる小学生もいくらでもいるだろう

*3:幸運と幸福の違いはググればどこかに書いてあるだろうが、ここでの意味合いは幸運は幸せな「物事」で、幸福は幸せな「状態」のこと。